異国 日記。 異国日記とは

異国日記

全文の活字翻刻としては校訂『異国日記』(『史苑』第1巻第1号 - 第18巻第3・4合併号、1928年 - 1934年)があるが、単行本化されていない。 『ドン・ロドリゴ日本見聞録 ビスカイノ金銀島探検報告』(1941年)• 『クロウ 日本内陸紀行』(岡田章雄・共訳、1984年7月) 第III輯 [ ]• 『』 -. - 国指定文化財等データベース()• 辻善之助 「異国日記(十五)」 『史苑』 6巻2号、123-133頁、1931年5月。 おわりに どうでしたでしょうか、少しでも見どころが伝わりましたでしょうか……! 本当に読んでほしい。 『慶元イギリス書翰』• 第1冊と異なり編年順になっておらず、・・最嶽元良らの起草した諸外国宛書簡、寛永元年()の朝鮮通信使関係書簡、の・明・呂宋・安南関係書簡、明のがを「」に任じた勅書、秀吉の(台湾)あて朱印状、室町時代の僧の外交書簡などが含まれている。 翌正徳3年()、幕府が謄写を命じた。 『 日本遠征記 上』(訳、1969年)• その後、帝国教育会出版部から『 続異国叢書』全6巻の出版が計画されたが、『耶蘇会士日本通信 豊後篇』2巻()の刊行のみにとどまった。

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【三冊目】異国日記

- 全文の。 辻善之助 「異国日記(二)」 『史苑』 1巻2号、10-22頁、1928年11月。 突然両親を亡くした15歳の少女。 『』 - デジタルコレクション• 『シーボルト江戸参府紀行』• 『日本大王国志』(、訳註) - 1948年11月に東洋堂から刊行、のちから再刊。 第1冊 [ ] 慶長13年()7月14日、以心崇伝が将軍の面前で呂宋国主()の書簡(5月27日付)を読む場面に始まり、寛永6年()10月、暹羅国(シャム、)の使節が江戸を発して帰国する記事で終わっている。

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異国日記抄

脚注 [ ] 参考文献 [ ]• 『イエズス会 日本年報 下』(村上直次郎訳、柳谷武夫編、1969年11月) - 『耶蘇会の日本年報』(拓文堂、第1輯1943年1月18日発行 : :、第2輯1944年2月27日発行 :)を再編集したもの。 辻善之助 「異国日記(四)」 『史苑』 1巻5号、29-32頁、1929年2月。 『メイラン 日本』(庄司三男訳、2002年1月)• 嘘だ、現実だ、受け止めなきゃ、受け止められない。 目録 [ ] 異国叢書 [ ] 『耶蘇会士日本通信 上巻』(聚芳閣)を除き、すべて駿南社から刊行。 また、校注『増訂異国日記抄』(初版1911年、増訂版1929年)は、西洋諸国に関する記事を抜粋したものである。 jp2• 外部リンク [ ]• 『 東京日光散策 日本素描紀行』(訳、1983年7月)• ・ 附録• 『 』(・・共訳、2002年8月)• jp2• - 西洋諸国に関する条項の抜粋。 印刷時の画質は印刷調整画面で調整してください。

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異国日記抄 (三秀舎): 1911|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

『』 - デジタルコレクション• 『 () 記』(・・・共訳、1969年)• ・ 図画並文書• 『 日本中国旅行記 パンペリー 日本踏査紀行』 1982年12月)• 雄松堂出版は、改訂復刻版『異国叢書』を2005年にオンデマンド版として再刊した。 jp2• ・ 目次• 物語の流れを読んだうえでこの台詞たちにぜひとも触れて頂きたい。 第1冊は徳川家康に仕えて外交関係の事務を管掌した金地院崇伝 こんちいんすうでん の自筆を主とする。 ・名言の数々 槙生ちゃんの職業が小説家ということもあり、言葉の扱いがとっても丁寧、繊細で、心に響く名言が盛りだくさんです。 『グレタ号 日本通商記』(F・A・リュードルフ著、訳、校訂、1984年1月)• 第I輯 [ ]• jp2• 辻善之助 「異国日記(九)」 『史苑』 3巻4号、65-74頁、1930年1月。 ・ 緒論• 『 日本回想録』(訳、2003年8月) 総索引 [ ]• jp2• あらすじ 様より引用です。

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異国叢書

参考文献 [ ]• 『増訂異国日記抄』(村上直次郎校註) - 『異国日記抄』(三秀舎、1911年)の増補。 : : のち、1966年9月10日。 一巻でも上記の一文や、 「あなたの感じ方はあなただけのもので誰にも攻める権利はない」 「15歳みたいな柔らかい年頃きっとわたしのうかつな一言で人生が変えられてしまう」 「私は大体不機嫌だしあなたを愛せるかどうかはわからない でも わたしは決してあなたを踏みにじらない」 といったずっしり心に残る名台詞が沢山。 そうしてついに朝が本当の意味で、現実を受け止めて涙を流せるのは数巻後になるのですが……その間の思い悩む描写、迷う描写、どれも繊細かつ力強く、心揺さぶられます。 他に、(17年)に刊行された総索引がある。 概要 [ ] 『異国叢書』全13巻は(2年) - (昭和6年)に刊行された。 jp2• 辻善之助 「異国日記(三)」 『史苑』 1巻4号、23-28頁、1929年1月。

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異国日記抄 (三秀舎): 1911|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

()『日本への航海』(訳)• jp2• 『 遣日使節録』(著、訳、1968年11月)• jp2• オンデマンド版2005年5月発行• 辻善之助 「異国日記(十七)」 『史苑』 7巻2号、15-30頁、1932年1月。 jp2• (37年)2月18日、により、『紙本墨書異国日記』として、同じく金地院所蔵の『紙本墨書本光国師日記』『紙本墨書異国渡海御朱印帳・異国近年御書草按』『紙本墨書異国日記御記録雑記』とともに丙種に指定。 きっと人生の糧になる、そんな一冊です。 「訳者序」 『日本渡航記』 十一組出版部、1944年9月5日、頁。 さらに、同社は『 新異国叢書』の刊行を企画し、第I輯( - 、13巻)、第II輯( - 、10巻)、第III輯( - 、10巻)の全35巻を刊行した(第II輯刊行中のに出版部門が分社化されたため、以後は雄松堂出版の発行となっている)。 。 「『異国叢書』と私」 『Pinus』 4号 、14-15頁、1982年3月20日。

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異国日記抄 (三秀舎): 1911|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

辻善之助 「異国日記(五)」 『史苑』 1巻6号、33-36頁、1929年3月。 辻善之助 「異国日記(十三)」 『史苑』 5巻4号、103-112頁、1931年1月。 jp2• ここでは言わないので、ぜひ作品を読んでほしいです。 「異国日記」、国史大辞典編集委員会編 『』 1巻 、1979年3月31日、487頁。 元良、西笑承兌 さいしょうしょうだ/しょうたい 、文之玄昌 ぶんしげんしょう らの外交書簡や林羅山 はやしらざん らと外国使節の間に交された詩文などを収録。 『イエズス会 日本年報 上』(村上直次郎訳、柳谷武夫編、1969年5月)• 『江戸参府紀行』(訳註、1928年2月20日発行): :• また、一部の翻訳(・・・の訳)は文語訳となっている。 『 長崎函館滞在記』(訳、1984年9月)• セーリス『日本渡航記』(訳、岩生成一校訂)• 『耶蘇会士日本通信 下巻』(村上直次郎訳、渡辺世祐註、1928年3月20日発行) : :• (昭和25年)5月30日、の施行により国の重要文化財に指定。

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異国日記とは

第2冊は崇伝の死後、門弟金地院元良 げんりょう らによって編まれたと考えられる。 全13巻の再刊を予定していたが未完に終わった模様。 たとえば『江戸参府紀行』『日本交通貿易史』は『日本』の抄訳、『江戸参府紀行』は『』の抄訳、『日本紀行』は『世界周航記』の抄訳である。 35歳、家。 jp2• 見どころ ・感情の揺れ動きの描写が繊細 まずはこちらですね。 jp2• 概要 [ ] 江戸幕府と諸外国との往復書簡、およびその発給所務に関する記事をまとめたもので、近世外交史の基本史料である。

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