花山院 の 出家 品詞 分解。 大鏡『花山院の出家』解説・品詞分解(1)

大鏡『花山院の出家』品詞分解のみ(1)

なら =ラ行四段動詞「成る」の未然形 せ =尊敬の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。 出で =ダ行下二段動詞「出づ」の未然形 させ =尊敬の助動詞「さす」の連用形、接続は未然形。 ・せ・・・・・・・・・・尊敬の助動詞「す」の連用形。 。 動作の対象である春宮(=皇太子)を敬っている。 そうか、お父さんは、何かを心配して、源氏の武者をつけた…。

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大鏡花山天皇の出家品詞分解現代語訳助動詞解説

この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文中に来ると「㋕仮定・㋓婉曲」のどれかである。 特に大鏡は大宅世継と夏山繁樹の対話形式となっているために、二重敬語表現が多用される傾向にあります。 花山天皇という天皇がいたのですが、粟田殿 藤原道兼 という人が、自分の孫にあたる7歳の懐仁親王を帝に据えるためにまだ19歳だった花山天皇をだまして出家させてしまうお話です。 花山天皇という天皇がいたのですが、粟田殿 藤原道兼 という人が、自分の孫にあたる7歳の懐仁親王を帝に据えるためにまだ19歳だった花山天皇をだまして出家させてしまうお話です。 例:「音す」、「愛す」、「ご覧ず」 させ =尊敬の助動詞「さす」の連用形、接続は未然形。 寛 かん 和 な 二年 丙 ひのえ 戌 いぬ 六月二十二日の夜、あさましく候ひしことは、人にも知らせさせ給はで、 寛和二年丙犬の年の六月二十二日の夜、驚きあきれてしまいましたことには、(花山院は)誰にもお知らせにならないで、 みそかに =ナリ活用の形容動詞「密かなり(みそかなり)」の連用形、人目に付かないようにひそかにするさま、こっそり。

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大鏡『花山院の出家』解説・品詞分解(1)

あはれなる ことは、 おり おはしまし ける夜は、 藤壺 ふじつぼ の上の 御 み 局 つぼね の 小戸 こと より 出で させ 給ひ けるに、 あはれなる=ナリ活用の形容動詞「あはれなり」の連体形。 直訳すると「なし申しあげる」。 」 と =格助詞 粟田殿 =名詞 の =格助詞 さわがし =サ行四段動詞「騒がす(さわがす)」の連用形 申し =サ行四段動詞「申す」の連用形、「言ふ」の謙譲語。 動作の対象である花山院を敬っている。 永観二年八月二十八日、(花山院は)天皇の位におつきになりました。

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古文「花山天皇の出家」の謙譲語

き=過去の助動詞「き」の終止形、接続は連用形 なり=断定の助動詞「なり」の終止形、接続は体言・連体形 申す=サ行四段動詞「申す」の終止形、「言ふ」の謙譲語。 御年十七。 係り結び。 なぜならこの単元に出てくる敬語は数が限られていますので暗記するのもそれほど難しくないでしょう。 京のほどは隠れて、堤の辺りよりぞうち出で参りける。 ただ今 過ぎ ば、 おのづから障りも 出でまうで来 な む。

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古文「花山天皇の出家」の謙譲語

させ=尊敬の助動詞「さす」の連用形、接続は未然形。 天皇等の最高身分に対するときには、地の文(会話文以外の文)では一段と高い敬意を表すために二重敬語を用い、それを最高敬語とも呼びますが、会話文では同じ身分のものに対しても二重敬語を用いることがあります。 や =間投助詞 「ただ今これより過ぎさせおはしますめり。 助動詞「らる」には「受身・尊敬・自発・可能」の4つの意味があるが、「仰せらる」の場合の「らる」は必ず「尊敬」と思ってよい。 世 =名詞 を =格助詞 保た =タ行四段動詞「保つ」の未然形 せ =尊敬の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。 粟田殿(=藤原道兼)からの敬意。

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大鏡 「花山院(くわさんゐん)の出家(すけ)」 現代語訳

御年十七。 その後二十二年おはしましき。 これに対して「せ給ひ」は尊敬の助動詞「せ」に、尊敬の意味の補助動詞「給ひ」がついた二重敬語です。 粟田殿(=藤原道兼)からの敬意。 て =接続助詞 帰り入らせ給はむことはあるまじく思して、 (花山院が宮中に)お帰りになるようなことはあってはならないとお思いになって、 然(しか) =副詞、そのように、そのとおりに 申さ =サ行四段動詞「申す」の未然形、「言ふ」の謙譲語。 手づからとりて、 春宮 とうぐう の御方に渡し奉り給ひてければ、 (粟田殿が)みずから(神璽と宝剣を)取って、皇太子の御方にお渡し申し上げなさっていたので、 帰り入ら =ラ行四段動詞「帰り入る」の未然形 せ =尊敬の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。 動作の主体である花山院を敬っている。

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大鏡『花山院の出家』解説・品詞分解(3)

花山寺しかないですよ。 「給ふ」と合わせて二重敬語となっており、動作の主体である花山院を敬っている。 」と、そら泣きし給ひけるは。 東三条殿(ひがしさんじょうどの=粟田殿の父兼家)は、 「もしや(粟田殿が)出家なされるのかと」 と気にかけ、こんなときにふさわしい思慮分別のある人たちの中から、なんの誰それという有名な源氏の武士たちを、ご警護にそえられたということです。 間違えない。

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古文花山天皇の出家「いかにかくは思し召しならせおはしましぬるぞ」を品詞分解して...

また、『花山天皇の出家』で初めて『大鏡』に触れる方も結構いるのではないかと思いますが、『大鏡』は平安時代後期の作品で、歴史物語です。 まず、最初の文ですが、 「率て出だし参らせ給ふに」とありますが、「ひきいる」「出す」という言葉からすれば、主語は、粟田殿です。 ふさわしい思慮分別のある人たちや、だれそれという優れた源氏の武者たちを、護衛としてお送りになったのでした。 係り結び。 粟田殿(=藤原道兼)からの敬意。 (粟田殿が)日ごろよく(花山天皇が御出家なさったら) (花山天皇の)仏弟子としてお仕えいたしましょうと約束しておいて、 (花山天皇を)欺き申しあげなさったということは恐ろしいことですな。 [古文] 花山寺(はなやまでら)におはしましつきて、御髪(みぐし)おろさせたまひて後(のち)にぞ、粟田殿(あはたどの)は、 「まかり出でて、おとどにも、かはらぬ姿、いま一度見え、かくと案内(あない)申して、かならずまゐりはべらむ」 と申したまひければ、 「朕(われ)をば謀(はか)るなりけり」 とてこそ泣かせたまひけれ。

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